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ライナー・ノーツってなんだ!?  新刊

ライナー・ノーツってなんだ!?

ライナー・ノーツの実態と現状、是非論について、ライナー・ノーツを70 年代から書き続けた著者が、その舞台裏から検証する!!

著者 かまち 潤
ジャンル 現代音楽・ロック・ジャズ・ポピュラー・ワールドミュージック
出版年月日 2017/02/24
ISBN 9784865980288
判型・ページ数 4-6・168ページ
定価 本体1,600円+税
在庫 在庫あり
 
 

目次

まえがき
Ⅰ ライナー・ノーツってなんだ!?
Ⅱ ポピュラー音楽の老舗、アメリカのアルバム・ジャケットとライナー・ノーツの歩み
Ⅲ 海外と日本のライナー・ノーツの違い、その独自的な魅力
Ⅳ ライナー・ノーツの潜在力=魅力
Ⅴ ライナー・ノーツの特権と、ここでしか公表されない貴重な資料
Ⅵ 自分が作ったオリジナル・データの掲載もライナー・ノーツで
Ⅶ 日本のライナー・ノーツ魅力=暗黙の条件
Ⅷ ライナー・ノーツは必要か、否か
Ⅸ 「かまち潤のライナーノーツ」……1『 サイモン&ガーファンクル/イン・セントラルパーク』、2『 セルジオ・メンデスとブラジル’66/マシュ・ケ・ナダ』、3『 ビー・ジーズ/チルドレン・オブ・ザ・ワールド』、4 『 リンダ・ロンシュタット・ウィズ・レン・フライ/ランディ・マイズナー/ドン・ヘンリー』、5『ルビー・ベイビー/ディオン』、6『またいつの日にか/ダイアナ・ロス&スプリームス』、7『 オービソングス/ロイ・オービソン』、8『 Joe Cocker Legends / ジョー・コッカー』、9『 オールマン・ブラザーズ・バンド/オールマン・ブラザーズ・バンド』10『 ザ・ビートルズ ザ・ファーストU.S. ヴィジット/ビートルズ』、11『 ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク/ザ・バンド』
Ⅹ かまち潤が書いたライナー・ノーツ一覧(主なもののみ)

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内容説明

ライナー・ノーツは必要か、否か……ライナー・ノーツ廃止論が囁かれる一方で、無くては困るという意見も根強い。
その実態と現状、是非論について、ライナー・ノーツを70 年代から書き続けた著者が、その舞台裏から検証する!!

◎まえがき

もうかれこれ30数年前ぐらいになると思うが、「レコードのライナー・ノーツ」の本を書かないかという提案が、某出版社の編集者からあった。当時は漠然と、面白いかもしれないと思いつつ、相手のペースにのせられ、内容からページの構成など、その編集者と幾度も打合せを重ね、いざ出版かというぐらいまで話が進んだ。しかしながら、この世界では糠喜び的な話半分のことは珍しくなく、その後なんとなくうやむやになり、本の企画は消えた。
以後出版の機会は増えたが、一度立ち消えになった「ライナー・ノーツ」の本の話を持ち出す気はなく、むしろ忘れかけていた。ところが面白いというか、妙なめぐりあわせとでもいうべきか、突然、某編集者から新たに「ライナー・ノーツ」本の話が持ち出された。まさかまさかである。
以前の企画書や打合せメモなどの書類を探し出して、今回可能な章立てに変えて書き出した本がこれだ。なにぶんにも以前の企画時は、アナログ・レコードやオーディオ機器が全盛期、音楽もロック華やかなりし時代。FM放送や雑誌も人気があり、現在とはまったく異なる状況だった。
輸入、国内盤ともレコードがよく売れ、音楽番組のエアチェックが盛んに行われていた。そういう社会背景で書くレコードのライナー・ノーツと、ヒット曲や流行がなく、米英音楽も低迷状況の現CD時代とでは、あまりにも違いが大きすぎる。
もちろん時代の推移や音楽の流行により、レコードのライナー・ノーツになんら変わることはない。それよりもむしろ、音楽ファンがライナー・ノーツをどのようにとらえているかが、気になる点である。ライナー・ノーツの究極の存在意義なり、価値がそこにある。
かつてレコードのライナー・ノーツは執筆者、音楽ファンの双方にとり、憧れと、愛着というか思い入れがあったが、現代のそれは書き手と読み手の間に妙な距離感がある。なぜ、どうしてそうなったのか。ライナー・ノーツの存在、意義が揺らいでいる。
音楽好きだからうらやみ、そういう立場に憧れ、いつか自分もと思いライナー・ノーツを書くようになった。しかし、現実は思うにまかせず、マニュアルやハウ・トゥ本もなく、実際、過去現在、私も含めライナー・ノーツを書く機会に恵まれた人達に「こうすればいい」という共通の公式なり、項目はない。各人が得た機会はバラバラだ。
それへの他の筆者の考えや思い入れは不明だが、私個人は特別の感がある。憧れて、一度は書きたいという思いを実現し、そして現在に至るまで、まさにライナー・ノーツは私の音楽著述業における出発点、基礎、さらにはかけがえのない軌跡である。数々のライナー・ノーツを書くことで、資料の使い方、文章の配分、反省すべき自分の欠点など、多くのことを学び、そして多少なりとも筆力の向上にもつながったと思う。書く前は考えもしなかった自分の仕事史の断片を、くしくも振り返ることにもなってしまった。
いまこうして、あらためてライナー・ノーツについて私個人の思いをめぐらすと、記憶のなかには数多くの書く機会を与えてくれたビデオやレコード各社の、ディレクター達ひとりひとりの顔と名前が浮かぶ。
長きにわたり、地味な音楽著述の仕事を続けてこられたのも、ライナー・ノーツとそれを書く機会を与えていただいた多くのディレクター達のお陰といっても過言ではありません。いまここに一人ずつ名前は記せないが、彼らとの長年の仕事の積み重ねがあったから、本著を書くという機会にもめぐりあえたと思います。

 

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